2026/09/17 20:05

古い鉛筆を仕入れていると、「複写用鉛筆」というものに出会いました。
名前からなんとなく用途は想像できるものの、実際にどういうものなのかはよく分かりませんでした。
そこで少し調べてみたところ、複写鉛筆は単に「昔の変わった鉛筆」というわけではなく、コピー機が今ほど普及していなかった時代の、書類作りに欠かせない道具のひとつだったことが分かりました。
せっかくなので、今回はこのちょっと不思議な鉛筆について掘り下げてみます。

複写用鉛筆(コピー鉛筆)は見た目は普通の鉛筆ですが、芯に特殊な染料が含まれています。「copying」や「COP.」と記されていたら、その鉛筆は複写用鉛筆です。
普通に書いた文字は消しゴムで消すことができますが、書いた文字を水で濡らす、または芯先を少し濡らして書くと、芯の中の染料が溶け出して紙の繊維に染み込み、インクのように消しゴムでは消せなくなる特性があります。染料の正体はアリニン染料。
カーボン紙やコピー機が普及する前の社会では、オフィスや官公庁においては銀行の小切手、手形、公的書類のサイン、契約書、帳簿の記入などにこの特殊な芯の鉛筆が欠かせませんでした。

複写用鉛筆の登場は19世紀後半。もともとは、水で濡らしてプレスする特殊な機械・コピープレスのためのものでした。複写用鉛筆で書いた書類に湿った薄紙を重ねて圧力をかけ、インク化した文字を下の紙に転写(コピー)していたようです。
複写の技術が向上するにつれ、複写用鉛筆はその性質から万年筆の便利な代替品として使われるようになりました。万年筆のようにインクを必要とせず、またインク漏れの心配をせず持ち歩くことができることも大きかったようです。まだボールペンがなかった時代、確かに持ち運びには便利だったでしょう。

複写用鉛筆はカーボン紙を利用して文字を複写する際にも活躍しました。
普通の鉛筆では原本の文字が消されてしまう可能性がありますし、万年筆では筆圧次第ではカーボン紙が耐えることができません。複写用鉛筆は普通鉛筆と万年筆のメリットを併せ持つ存在として重宝されていたそうです。なるほどカーボン紙との相性がよさそうです。

このように大活躍だった複写用鉛筆でしたが、1930年代に改良されたボールペンが登場すると徐々にその座を奪われていきました。1970年代くらいまでは、銀行や役所、鉄道、郵便局などではまだ現役で指定筆記具として利用されていたようですが、ボールペンの普及とコピー機の登場などでその役割を終えていくのです。

また、複写用鉛筆に使用されていたアリニン染料は毒性があり、多くの健康被害が出たといいます。濡らすと消えなくなるという特性のため、舌で湿らせて利用することが多かったためと思われますが、こうしたリスクのないことがボールペンが重宝されるようになった一因かもしれませんね。

書き物といえばボールペンが主流になり、その書き物さえもデジタル端末の進歩で減少傾向にある現代。複写用鉛筆を通して昔の複写文化を知ることで、なんだか今が味気ないもののようにも思えてきます。
効率も大事ですが、時にこうした文具を通して少し昔の時代を垣間見るのは面白い経験です。

さて、今ではすっかり忘れされてしまった複写用鉛筆ですが、国によってはまだ使用しているところも。イタリアでは選挙の投票時にその使用が法律で義務付けられていて、いまでも利用されているそうです。

■参考